
突然、親が「認知症かもしれない」と診断された時、何から手をつけたらいいのか戸惑う方は多いはずです。本人の意思がはっきりしているうちにしておくべき手続き、公的支援制度の申請、成年後見制度の活用、そして将来の財産管理や相続に備えた準備まで、やるべきことは意外と多岐にわたります。
この記事では、認知症と診断されたシニアの家族が直面する「今すぐ必要な行動」と「知らないと損する制度活用のコツ」を、分かりやすく具体的にご紹介します。
たとえば、
- 行政への相談や申請の流れ
- 成年後見制度のメリットと落とし穴
- 財産凍結を防ぐための名義変更や信託の使い方
- 遺言書の準備タイミング
- 地域によって受けられる支援サービスの差
など、現場でよくある悩みに寄り添いながら、正しい情報と行動指針をお届けします。
「まだ元気だから大丈夫」と思っている今こそ、家族を守るための第一歩を踏み出す時です。ぜひ最後まで読んで、安心できる暮らしを一緒に考えていきましょう。
認知症の診断後すぐに始めるべき手続きとは?
認知症と診断された瞬間、多くのご家族は「何から始めればいいのか?」と戸惑います。ですが、認知症の進行はゆるやかに見えて、気づかぬうちに生活や判断能力に大きな影響を及ぼします。だからこそ、診断直後の今こそが、将来を安心して過ごすための大切な「準備のタイミング」なのです。このパートでは、認知症の初期段階で必ず確認しておきたい行政手続きの流れと、意思判断力の低下に備えた具体的な備えについて、わかりやすくお話しします。
家族がまず確認すべき行政手続きの流れ
認知症と診断されたら、最初にやるべきことは「地域包括支援センター」への相談です。これは、全国すべての市区町村に設置されている公的な窓口で、認知症を含む高齢者の介護・生活支援をトータルでサポートしてくれます。
まず行うのが「介護保険の申請」。これは、介護サービスを利用するうえで欠かせない手続きです。申請後は、訪問調査や主治医意見書などをもとに「要介護認定」が行われ、認定結果に応じた介護サービスが利用できるようになります。
ここで大切なのは、申請から認定までに平均で1カ月前後かかるということ。つまり、介護が必要になってからでは遅いのです。早めに手続きしておけば、介護が必要になったそのときに、スムーズに必要なサービスを受けられます。
また、住んでいる自治体によっては、独自の認知症サポート制度や緊急時の見守りサービスを提供しているところもあるので、役所の高齢福祉課や介護保険課でも情報を集めておきましょう。
認知症による意思判断力の低下に備える準備とは
認知症が進行すると、「自分で自分のお金を管理する」「契約書にサインする」といった判断能力が徐々に失われていきます。そうなる前に備えておくべき制度が、「任意後見制度」や「家族信託」、そして「遺言書の作成」です。
たとえば、任意後見制度では、まだ元気なうちに「将来、自分が認知症になったとき、誰に財産や生活を任せたいか」を決めておくことができます。公正証書で契約しておけば、実際に認知症が進んだときに、スムーズにその人がサポート役として活動できるようになります。
また、「口座凍結問題」も見逃せません。認知症と診断された本人名義の銀行口座は、金融機関が「判断能力の低下」と判断した時点で凍結されることがあります。これによって、生活費や医療費を引き出せなくなってしまうケースが全国で多発しています。
これを防ぐために有効なのが「家族信託」です。たとえば、信頼できる子どもに財産の管理権をあらかじめ託しておけば、本人が認知症になっても口座凍結を避けることができます。2024年の金融庁調査では、家族信託を活用している世帯のうち、85%以上が「予想以上にスムーズに生活資金を管理できた」と回答しています。
さらに、忘れてはならないのが「遺言書の作成」。認知症が進んでからでは、「有効な遺言書」を残すことができなくなってしまいます。遺言書があることで、財産分配をめぐる家族間のトラブルも未然に防ぐことができます。2023年の司法統計でも、遺言書の有無が相続トラブルの発生率に大きく関係していると示されています。
つまり、これらの準備はすべて、「元気なうちにしかできない」ことばかり。認知症と診断された“今”こそが、家族みんなで話し合い、最適な準備を進めるベストタイミングなのです。
全体として、認知症の初期段階でどこに相談し、どんな手続きや備えをしておくべきかを知っておくことは、本人と家族の生活の質を大きく左右します。「まだ軽度だから」「急ぐことでもない」と感じるかもしれませんが、行動を後回しにすると、後から手続きが煩雑になり、後悔する場面も増えてしまいます。
まずは地域包括支援センターへの相談からスタートし、必要に応じて成年後見制度や家族信託の利用を検討する。財産管理や遺言の準備も進めておく。こうした一つ一つのステップが、認知症という現実に振り回されず、「自分らしい生活」を守るための大切な道しるべになります。
未来の不安に備えることは、決して後ろ向きなことではありません。むしろ、前向きに暮らすための「安心材料」を手に入れることなのです。今できることを、今日から少しずつ始めてみませんか?
成年後見制度は本当に必要?メリットとデメリットを比較
認知症の診断を受けたとき、多くのご家族が直面するのが「財産や契約をどう管理するか?」という問題です。本人がこれまで通りの判断を続けるのが難しくなると、預金の管理、介護サービスの契約、医療の同意など、あらゆる場面で「代わりに判断する人」が必要になります。そんな時に活用できるのが「成年後見制度」ですが、「どんな制度?」「本当に必要?」と感じる方も多いでしょう。
このパートでは、成年後見制度の種類とその違い、制度を使うことで得られるメリットと、思わぬデメリットや落とし穴について、実例を交えて詳しく解説します。
後見制度の種類と違い、選び方のポイント
成年後見制度には、大きく分けて「法定後見制度」と「任意後見制度」の2種類があります。それぞれ目的や開始時期が異なるため、状況に応じて使い分けることが重要です。
● 法定後見制度とは?
これはすでに判断能力が低下した人のために、家庭裁判所が後見人を選任する制度です。後見人には、本人の家族が選ばれることもありますが、弁護士や司法書士などの第三者が選ばれるケースも少なくありません。
法定後見にはさらに、「後見」「保佐」「補助」の3つの類型があり、本人の判断能力の程度に応じて適用されます。
- 後見:意思判断がほとんどできない状態(重度の認知症など)
- 保佐:重要な判断に支援が必要(中等度)
- 補助:軽度の支援で済む(初期段階)
このように、法定後見はすでに認知症が進行している場合に使う制度です。
● 任意後見制度とは?
一方、任意後見は「将来、認知症などで判断力が落ちたときに備えて」契約を結ぶ制度。元気なうちに信頼できる人(たとえば子ども)と公正証書で契約を結び、いざというときにサポートしてもらえるようにしておきます。
最近では、家族信託や遺言書と併用して活用する人も増えています。2024年の厚生労働省調査では、任意後見制度の契約数は前年比9.6%増と、年々ニーズが高まっているのが特徴です。
● 選び方のポイント
選ぶ際のポイントは、「制度を使うタイミング」と「本人の意思がどこまで反映できるか」です。認知症の進行度や生活状況を考慮しつつ、信頼できる人がいるか、家族の協力体制があるかも重要になります。
- 判断力が残っているうちに備えたい → 任意後見
- すでに判断が困難な状態 → 法定後見
制度を選ぶ前には、専門家(地域包括支援センター、司法書士、社会福祉士など)に必ず相談しましょう。
制度利用で後悔しないために知っておくべき落とし穴
成年後見制度は非常に便利ですが、「使ってみて初めて分かるデメリット」や「後悔した」という声も少なくありません。ここではその代表的な落とし穴を紹介します。
● 家族が後見人になれないケースもある
「家族が後見人になれる」と思っていたのに、実際は裁判所が第三者(弁護士や司法書士)を後見人に選任するケースが増えています。家庭裁判所の判断で「家族間の利害対立がある」「本人の財産が多額である」といった理由があると、家族であっても選任されないことがあるのです。
その結果、「知らない専門家がすべての財産管理をすることになってしまった」と困惑する家族も多いのが現状です。
● 毎年の報告義務と費用が負担になる
成年後見制度を利用すると、後見人には「家庭裁判所への定期報告」が義務づけられています。これが意外に手間で、帳簿の記入や通帳コピーの提出など、煩雑な作業が求められます。
また、専門職が後見人になった場合、報酬として月1〜3万円ほどの費用が発生します。これが長期間にわたると、家計への負担にもなりかねません。制度のメリットばかりに目を向けず、ランニングコストや手間についても事前に理解しておきましょう。
● 契約内容を変更できない
任意後見契約は、一度発効されると途中で契約の見直しや変更ができない点も注意が必要です。「やっぱりこの人では不安…」と思っても、契約時点の内容がそのまま適用され続けます。契約相手の人間性や信頼度をしっかり見極めておくことが重要です。
全体として、成年後見制度は、認知症による意思判断力の低下に備える強力な支援ツールです。しかし、メリットと同じくらい「制度運用の難しさ」「現場での戸惑い」もあるため、使う前にしっかりとした知識と準備が必要です。
「元気なうちに任意後見を結ぶ」「法定後見を検討する際には専門家と連携する」など、自分たちに合った形で賢く制度を活用していくことが、将来の安心につながります。後見制度は“最後の手段”ではなく、“前向きな備え”の一つとして、早めに家族で話し合っておくことをおすすめします。
知らないと損する!高齢者向け公的支援制度の全体像
高齢化が進む日本では、認知症を含む要介護状態になったシニアを支えるために、さまざまな公的支援制度が用意されています。しかし「制度があることは知っているけど、どう使うのかわからない」「申請が難しそう」と感じて、活用しきれていない方がとても多いのが現実です。
本章では、特に重要な「介護保険制度」と「生活支援サービス」について、申請方法や利用のポイント、そして地域による格差といった“見逃されがちな現実”を分かりやすく解説します。制度を知ることが、後悔のない介護と安心の生活につながります。
介護保険制度の利用条件と申請の注意点
● 介護保険制度って何?
介護保険制度は、40歳以上の国民が保険料を支払い、要介護状態になったときに、必要なサービスを自己負担1~3割で受けられる制度です。2000年にスタートし、介護サービスを“家族任せ”にしない仕組みとして高齢者の生活を支えています。
対象者は主に65歳以上の高齢者(第1号被保険者)ですが、40~64歳でも特定疾病(初老期認知症や脳血管疾患など)があれば対象になります。
● 申請の手順と注意点
1. 市区町村の窓口に申請
介護保険サービスを受けるには、まず本人または家族が自治体(市区町村)の窓口に「要介護認定の申請」を行います。申請書の提出後、介護認定調査員が自宅を訪問し、本人の心身の状態を確認します。
2. 主治医の意見書を提出
訪問調査と並行して、主治医が「意見書」を作成します。ここで重要なのは、認知症などの症状がしっかり記載されていることです。記載が不十分だと、必要な介護度が認定されないこともあります。
3. 要介護度の判定
調査結果と主治医の意見をもとに「要介護度(要支援1〜要介護5)」が決まります。要介護度によって、使えるサービス内容や限度額が異なります。
● 注意点と落とし穴
- 早期申請の重要性:認知症の進行が軽度でも、早めに申請することで「要支援1・2」など軽いサポートが受けられ、重度化を防げます。
- 軽度だと支援が受けにくい問題:特に初期の認知症では「介護度がつかない」「支援が薄い」と感じる声も多く、“グレーゾーン”と呼ばれます。
- ケアマネジャーとの連携が鍵:申請後はケアマネジャーがケアプランを作成しますが、信頼できる人を選ぶことが満足度に直結します。
2023年の厚労省統計によれば、要介護・要支援認定者は約700万人を超え、今後も増加が見込まれています。制度を理解し、早めに準備することが、質の高い介護につながるのです。
生活支援サービスの具体例と地域格差の現実
● 生活支援サービスとは?
介護保険だけではカバーしきれない日常のちょっとした困りごと――買い物、掃除、ゴミ出し、見守りなど――これらを支援するのが「生活支援サービス」です。行政だけでなく、地域のNPOやボランティア団体、民間事業者などが提供していることも多く、支援の幅が広いのが特徴です。
● 主な支援例
- 配食サービス:高齢者の栄養バランスや安否確認を兼ねた宅配弁当
- 見守り訪問:自治体職員や民生委員が定期訪問し、異変をチェック
- 移動支援・送迎:通院や買い物などの外出をサポート
- 家事援助:掃除・洗濯・調理などをヘルパーが補助
特に認知症の方には、孤独や事故のリスクが高まるため、こうした細やかな支援が重要です。介護保険が使えないケースでも、地域支援サービスが生活の質を大きく左右します。
● 地域によって支援の質が違う?
ここが見逃せないポイントです。生活支援サービスは「地域包括ケアシステム」の一環として整備が進んでいますが、自治体によってその質や内容には大きな差があります。
【例:東京都と地方都市の違い】
東京都では、認知症サポーターの養成やAI見守りシステム導入など、先進的な支援が進んでいます。一方、地方では人手不足や予算の都合から、最低限のサービスしか提供できないエリアも少なくありません。
【例:配食サービスの格差】
ある地域では週7日対応の配食サービスがあるのに対し、別の地域では「週2回のみ」「一部エリア対象外」といったケースも。これにより、家族の負担が大きく変わってくるのです。
● 対策:地域包括支援センターを活用しよう
支援制度をうまく使いこなすには、まず「自分の地域ではどんなサービスが使えるのか」を知ることが重要です。その窓口が「地域包括支援センター」です。介護・医療・福祉の情報が集まる中核施設で、制度の相談・申請支援・サービス紹介などをしてくれます。
介護保険と生活支援サービス、どちらも高齢者と家族にとって大切な制度です。しかし、申請や利用方法が分かりづらく、地域によって対応も異なるのが現実。だからこそ「自分から情報を取りにいく姿勢」が欠かせません。
一歩踏み出して相談することで、「こんなサービスがあったんだ」と気づけることも多いはずです。支援制度を“待つ”のではなく“使いこなす”という意識が、家族と本人の未来を守ります。
財産管理と相続のためにしておくべき準備とは?
もしも認知症になったら…財産は誰が管理するの?口座は使えるの?相続の準備はどうなるの?
そんな疑問や不安を抱えている方に向けて、この章では認知症になる前に必ず備えておきたい「財産管理」と「相続対策」について、やさしく解説します。
近年、認知症の高齢者が増加し、それに伴って「口座凍結」や「遺言の無効」など、思わぬトラブルが多発しています。
家族が困らないように、そして自分の意思をしっかり残すために、早めの準備が欠かせません。
ここでは、実際によくあるトラブルの事例や、最新の制度活用法を紹介しながら、具体的な対策をわかりやすくお伝えします。
口座凍結を防ぐには?早めの名義変更と信託の活用
家族が知らないと困る「口座凍結」の現実
認知症の診断を受けて本人の判断力が低下したと見なされると、金融機関はその名義の預金口座を凍結します。
これは家族でも自由に引き出せなくなるということ。たとえば、介護費用や入院費の支払いができず、大きな支障が出ることもあります。
令和5年の厚生労働省データによると、65歳以上の高齢者のうち認知症の有病率は約17%。
つまり、6人に1人は該当する計算です。将来的に口座凍結の可能性がある高齢者は決して少なくありません。
口座凍結の対策①:早めの名義変更
生活費や医療・介護費用として使用する予定の資金については、信頼できる家族名義の口座へ一部資金を移すのが有効です。
- 共有名義にしておく
- 贈与税の非課税枠(年間110万円)を利用して少しずつ移す
- 家族と生活費用の支出ルールをあらかじめ決めておく
など、柔軟な方法でトラブルを未然に防げます。
口座凍結の対策②:家族信託(民事信託)の活用
名義変更だけでは不安、という場合は「家族信託」の検討を。これは、財産の管理を信頼できる家族に託すしくみです。
たとえば…
父:財産の所有者(委託者)
長男:財産を管理する人(受託者)
父自身または母:利益を受ける人(受益者)
この契約を結べば、父が認知症になっても、長男が預金の管理や不動産の処分を合法的に行えます。
ポイントは以下の3つ:
- 家庭裁判所の関与なしで自由度が高い
- 認知症発症後も柔軟な財産管理が可能
- 契約内容は家族でオーダーメイドに設計できる
家族信託は今、注目度が高まっている制度で、全国の司法書士会もセミナーを多数開催中です。信託の設計には法律の専門知識が必要なので、専門家への相談がおすすめです。
認知症と遺言書、元気なうちにしておきたい対策
遺言書なし=トラブルのもと
もし遺言書がなければ、相続は「法定相続分」で分けることになります。しかしこれが必ずしも本人の希望と一致するとは限りません。
たとえば…
- 「自宅は長男に残したい」
- 「面倒を見てくれた娘に多く渡したい」
- 「特定の子どもには相続させたくない」
といった想いを実現するには、遺言書が必要不可欠です。
しかし、認知症の診断を受けてからでは、遺言書の効力に問題が出ることもあります。
遺言無効のリスクと「遺言能力」
民法では、遺言者に“遺言能力(意思判断力)”があることが前提です。
もし、作成時に認知症が進行していた場合、「無効」とされてしまう可能性があります。
事実、近年の相続トラブルの中でも、「遺言書の有効性」をめぐる争いが急増中。
家庭裁判所の調停件数は、令和4年には過去最高を更新しています。
公正証書遺言のすすめ
遺言書には主に以下の2種類があります:
種類 | 特徴 |
---|---|
自筆証書遺言 | 自分で書く。費用ゼロだが形式ミスが多い |
公正証書遺言 | 公証人が作成。費用ありだが信頼性が高い |
元気なうちに作成するなら、公正証書遺言が最も安全です。公証人が内容を確認し、正当な遺言能力があるかどうかも判断してくれるため、後から無効にされるリスクが大幅に減ります。
生前贈与や相続税にも配慮を
また、相続では「遺留分」や「相続税」などの課題もついて回ります。全額を一人に渡したいという希望があっても、遺留分請求で争いになることも。
そのため、
- 110万円以内の生前贈与を計画的に行う
- 不動産の評価額や相続税のシミュレーションをしておく
- 税理士や弁護士など専門家に相談する
といった複合的な視点が求められます。
認知症と相続の問題は、「まだ元気だから大丈夫」と思っているうちに、あっという間に手遅れになります。
- 口座凍結には名義の整理と信託の活用を
- 相続の希望を残すには、早めの遺言書作成を
どちらも“今から始める”ことが最大の備えです。自分の意思をしっかり残し、家族を困らせないために、できることから始めていきましょう。
現場で見える課題とは?支援制度が届かないケースの実例
「制度はあるけど、なぜかうまく使えない」「困っていても対象外とされてしまう」──
高齢者やその家族が直面する現実のひとつに、“制度のはざま”で支援を受けられないケースがあります。
この章では、認知症の方やその家族が公的支援制度の「対象外」とされる実例=“支援のグレーゾーン”を取り上げ、制度の限界や改善の方向性、そして地域連携による解決の糸口を探っていきます。
公的支援を受けられない“グレーゾーン”とは
支援制度の網からこぼれる人たち
たとえば、認知症の症状が明確で生活に支障が出ているのに、介護認定の結果は「非該当」。
これは少なくありません。
- 初期の認知症で一見すると「元気に見える」ため認定が下りない
- 同居の家族がいると「支援がある」とみなされる
- 日常生活に必要な動作は可能だが、社会的な判断ができない
こうしたケースはすべて、「制度のグレーゾーン」にあたります。
なぜ支援が届かないのか?背景にある3つの問題
- 制度の設計が“明確な線引き”を求めるため
要介護認定も障害福祉サービスも、明文化された基準があり、そこに該当しないと支援対象外になります。 - 本人や家族が申請の仕方を知らない・誤解している
「まだ大丈夫」「こんなことで相談していいの?」と遠慮してしまい、制度の入口にすら立てないまま時間が過ぎてしまうことも。 - 行政窓口や支援者側の理解不足・リソース不足
特に市区町村レベルでは、職員の知識・人手不足により「断られる」「後回しにされる」といったケースが報告されています。
実例:「要介護非該当」の父、在宅で孤立
70代男性。認知症の診断あり。独居で、日中は訪問販売の被害にもあったことがある。
しかし、要介護認定では「自立」と判断され、介護保険のサービスは使えず。
ケアマネジャーもつかず、本人も家族も地域から孤立していた。
こうした状況が長く続くと、転倒や徘徊などの事故が起きたときに、初めて制度の対象になるという“事後対応”になりがちです。
家族だけで抱え込まないための地域連携の実際
「地域包括支援センター」を使い倒そう
そんなグレーゾーンにいる方々にとって頼れるのが、「地域包括支援センター」です。
市区町村ごとに設置され、介護・福祉・医療の専門職が連携して“制度外の支援”も含めた調整役を担ってくれます。
- 要介護認定前でも相談OK
- 医師や訪問看護師とのつながりを作ってくれる
- 社会福祉協議会やボランティアとつないでくれる
たとえば、介護保険が使えなくても、「配食サービス」「見守り訪問」「高齢者サロン」など、自治体独自の生活支援策につなげてくれるケースもあります。
地域との連携で変わる現実:東京都世田谷区の事例
東京都世田谷区では、「認知症初期集中支援チーム」を地域包括支援センターに常設しています。
このチームは、医師・看護師・社会福祉士などで構成され、認知症の疑いがある高齢者の家庭を訪問して評価し、医療・介護への橋渡しを行います。
このモデルにより、“要介護認定前の段階”から支援につなげる体制が実現。
現在では、全国の自治体でも同様の取り組みが広がっています。
「制度だけに頼らない」家族と地域のつながりを
一方、民間の支援団体や地域のボランティアによる「買い物同行」「通院付き添い」「声かけ活動」なども、有効な支援策になっています。
- 近所の人と顔見知りになっておく
- 地域のサロンや高齢者向け行事に参加する
- 民生委員や町内会に情報提供しておく
など、“ゆるやかな地域の見守り”こそが、制度の隙間を埋める力になります。
制度の網からこぼれてしまう“グレーゾーン”は、誰にでも起こりうる問題です。
でも大切なのは、「困ってからでは遅い」という意識です。
- 要介護認定が下りなくても、地域包括支援センターに相談できる
- 行政だけでなく、地域の人・民間団体にも頼れる
- 小さなつながりが大きな支えになる
家族だけで背負い込まず、周囲の力を“使って”いくことが、継続可能なケアの鍵となります。
「まだ大丈夫」と思わないで!早期対策が家族を守る
「うちの親はまだ大丈夫だから…」
そんなふうに考えているうちに、いざという時に慌ててしまうケースは少なくありません。
認知症はゆっくりと進行する病気です。だからこそ、初期の段階でどれだけ準備できるかが、本人と家族の生活の質を大きく左右します。
ここでは、認知症の兆候が見え始めた段階でできる手続きや支援の具体例、そして「制度は準備しておくだけで意味がある」という考え方を解説します。
認知症初期から始める手続きと支援の具体例
早期対応が“後悔”を防ぐ
認知症の進行は人によって異なりますが、「もの忘れ」「段取りが苦手になる」「感情の起伏が激しくなる」などの初期症状が見られたら、すぐに動き出すことが大切です。
特に以下の3つのステップは早めに行うことで、後々のトラブルを回避できます。
① 医師の診断と「主治医意見書」の取得
認知症の可能性を感じたら、まずは専門医による診断を受けましょう。
- かかりつけ医か、認知症専門外来で診断
- 必要であればMRIや血液検査なども行う
- 主治医意見書は後の「介護認定申請」に必須
意見書をもとに、介護保険の申請や支援制度の活用が進めやすくなります。
② 本人の意思があるうちに「財産管理」の準備を
認知症が進行すると、預金の管理や契約行為が難しくなります。
その前にできる準備として、
- 銀行口座や不動産の名義確認
- 任意後見契約や家族信託の活用
- 遺言書の作成
などが挙げられます。
特に任意後見制度は、本人の判断力があるうちにしか契約できないため、早期診断直後がベストタイミングです。
③ 介護保険の申請と「地域包括支援センター」への相談
認知症の初期でも、「要支援」認定を受けられる可能性はあります。
- 「要支援1・2」でも利用できる生活支援サービス
- 配食、見守り、訪問型サービスなどを活用
- 地域包括支援センターは制度横断的な相談窓口
制度は「困ってから探す」ものではなく、「困る前から使っておく」ことが大切です。
制度は“使いこなしてこそ意味がある”という考え方
「申請したのに使えなかった」を防ぐために
介護保険や福祉制度は、一度申請して「非該当」とされたとしても、再申請や異議申し立てが可能です。
また、制度の枠にこだわらず、民間の支援サービスや地域資源をうまく組み合わせていくことが、生活の質を保つカギになります。
使いこなすための4つのポイント
- 「使える制度」を知る
→ 介護保険、成年後見、家族信託、障害福祉サービスなど、対象や条件を把握しておく。 - 早めに相談しておく
→ 地域包括支援センターや社会福祉協議会など、制度の窓口は複数あります。 - 組み合わせて利用する
→ 例えば、介護保険で「訪問介護」、福祉制度で「福祉用具貸与」、民間で「見守り機器導入」。 - 制度の更新や見直しにも目を向ける
→ 要介護度の見直しや制度改正により、条件が変わることもあります。
支援を“取りに行く”という意識が大事
日本の高齢者支援制度は、「申請主義」が基本です。
つまり、申請しない限り、いかに困っていても制度は動きません。
「いつか必要になるかもしれない」
そう思ったその瞬間から、制度や支援を“知っておく・準備しておく”ことが、未来の安心につながります。
結論:準備は「心の余裕」を生む
認知症は、本人だけでなく家族全体の生活にも大きな影響を与えます。
でも、早い段階で情報を集め、手続きを進めておけば、「後悔しない介護」「自立した老後」が可能になります。
- 迷ったら、まず相談を
- 制度は“使ってナンボ”
- 未来の「困った」を今、解消しておこう
「まだ大丈夫」と思っている今が、いちばんの“準備チャンス”です。
まとめ
認知症は誰にとっても他人事ではありません。高齢化が進むいま、いつか自分の家族や自分自身が向き合う可能性のある問題です。この記事では、「シニアが認知症になった時に必要な手続きと公的支援制度の活用法」というテーマのもと、診断直後から備えるべき具体的な手続き、使える支援制度の全体像、そして家族ができる現実的な準備について、わかりやすく丁寧に解説してきました。
まず大切なのは、「なるべく早く動くこと」。
認知症の進行によって意思判断能力が失われてしまうと、後々の手続きが難しくなったり、利用できる制度が限られたりします。だからこそ、診断直後の今こそ、家族が率先して行動を起こすべきタイミングです。
たとえば、以下のような手続きは早めに検討しておきたいポイントです。
- 行政への相談や手続き:地域包括支援センターや市区町村窓口で情報収集をし、介護保険や生活支援サービスの申請に向けて準備しましょう。
- 成年後見制度の検討:後見制度には「法定後見」と「任意後見」があり、認知症の進行度や本人の希望によって選ぶ必要があります。メリットとデメリットを事前に比較しておくことで、後悔のない選択が可能になります。
- 口座凍結を防ぐための対策:本人の口座が凍結されると、日々の生活費や医療費の支払いにも支障をきたします。名義変更や家族信託、定期的な資産確認など、できる範囲で早めに対応を。
- 遺言書の作成:意思がはっきりしているうちに遺言書を作成しておくことは、残された家族にとっても大きな安心につながります。
また、制度を知っているだけでは意味がありません。
「介護保険の申請方法がわからない」「どんな生活支援サービスがあるのか知らない」といった理由で、利用できる制度が“絵に描いた餅”になってしまうことは少なくありません。使える制度を“使いこなす”ためにも、家族や地域の専門機関との連携が不可欠です。
さらに、支援が届きにくい「グレーゾーン」問題も現場では大きな課題です。軽度認知障害(MCI)のように、まだ明確に認知症とは診断されないケースでは、公的支援の対象から外れてしまうこともあります。こうした方々を支えるのは、地域のつながりや、民間の柔軟なサービスです。だからこそ、「家族だけで抱え込まない」体制を作ることが、心の余裕にもつながります。
この記事を読んでくださった方には、ぜひ次の3つのアクションをおすすめします。
- 市区町村や地域包括支援センターに相談に行く
- 成年後見制度や信託など、法的な備えを家族と話し合う
- 定期的に情報をアップデートし、自分たちに合った支援制度を選ぶ
「まだ大丈夫」と思っている今こそ、一歩踏み出すチャンスです。
将来、認知症になっても「安心して暮らせる環境」は、事前の準備と知識のある行動によって築かれます。あなたとご家族の未来を守るために、今日からできることを始めてみませんか?